日本人向けと外国人向けのふたつの顔が日本経済にあるわけではありません。
日本経済はあくまでひとつですが、理解されるためには、経済の紹介の仕方に、それなりの工夫が必要であると思います。
日本経済自体は、第二次大戦後、非常に変化の激しい時代を経験しました。
現在の日本経済の状況をみても、非常に複雑化していて、これをどう観察するか、どう評価するか、さらには今後にかけて日本経済がどういうふうに変化していくか予測することについては、もちろん国内の専門家の間でも意見の一致があるわけではありません。
したがってわたしが日本経済を海外の人に紹介するといっても、それは当然、日本のなかにいろいろある意見のひとつということになります。
生意気な言い方ですが、これまでに書かれたいくつかの日本経済論を読むと、奇をてらうような「独自の説」に出会うことがしばしばあります。
また、日本人には、何か自分がいつも日本代表のような気持ちで発言している向きが多いようです。
「わたしは」と自分の意見を述べるのではなくて、「日本人は」とか、「日本では」といった表現をとった論文や著作が多いことに海外の人は気づかれるでしょう。
わたしは、価値観が多様化した今の日本社会では、そういう発現の仕方は危険であると思います。
海外の人による最近の「日本人論」や「日本経済論」にも、同じ傾向を感じることがしばしばあります。
わたしは、ここで出来るだけ日本経済を素直にみるという意味で、日本経済に対するいろいろな角度からの評価を踏まえながら、日本経済のひとつの姿をわたしなりに浮き彫りにして紹介してみたいと思います。
「われわれ」という立場ではなく、「わたし」の見方を述べるというかたちで、そうしたいと思います。